集団安全保障と同盟 4

アメリカは、この決議によってその必要と考えるいかなる軍事行動も認められるという解釈をとろうとしたのですが・・・


そのようなアメリカの解釈に対しては国際的に厳しい批判が加えられました。


多国籍軍のイラク攻撃の内容は、この決議の範囲内のものに留まったかという問題は、事実関係が次第に明らかになるなかで、当のアメリカ国内でも深刻な議論が行われることになりました。


・・・以上のような集団安全保障というかたちで、国際社会全体で国連の場においてそういう国際秩序を維持する、平和を回復することを考えるのですが・・・


第51条をみるとお分かりのように、個別的自衛権とか、集団的自衛権という概念が現れてきます。


憲章は、国連加盟国に武力攻撃が発生したとき、安保理が必要な措置をとるまでの間、「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を行使することを認めています(第51条)。


・・・つまり、国家が自衛権を持つことは、既に長い間、国際法で認められているところです。

集団安全保障と同盟 3

湾岸戦争に際しては、まさにこの2つの仕組みが入り交じって、複雑な様相を呈したのです。


アメリカを中心とする多国籍軍は、ブッシュ大統領自らも認めたように、クウェートやサウジアラビアの安全はアメリカの死活的利害に係わるという集団的自衛権の考え方に基づいて行動しました。


・・・したがって、戦争勃発以前から、アメリカの中ではイラクをどこまで軍事的に叩くかということが真剣に議論されましたが、これは、自衛権の発想に立てば当り前のことなのです。


しかし、その多国籍軍の中心に立ったアメリカは、イラクに対する軍事行動について国際社会の支持を得ることが必要でした。


そのため、安保理決議というお墨付きを得ることを重視したのです。


ところが安保理は、イラクに対する軍事行動がやむを得ないとしても、その内容はできるだけ限定的であるべきだという判断に立ちました。


これもまた、集団安全保障の考え方からすれ/ば当然なことなのです。


ですから、安保理が多国籍軍に対して認めたのは、イラクのクウェートからの無条件撤退と湾岸地域の国際の平和と安全を回復するために「あらゆる必要な手段を取る権限」(1990年11月29日の安保理決議678号)だったのです。

集団安全保障と同盟 2

例えばNATOの場合、「安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置をとったときは」反撃を終えることになっています(第5条後段)。


・・・しかし、逆にいうと、安保理が必要な措置をとらない限り、その反撃には事実上制限がないことになります。


そして、東西関係が緊張していた時代のNATOは、まさにワルシャワ条約機構との間で最終的には核戦争に突入することまで考えた作戦計画を真剣に考えてきたのでした。


これに対して国連の集団安全保障の場合、その目的はあくまでも平和の維持、回復にあります。


したがって、平和の破壊や侵略行為を行った国家に対して国連がとる措置は、本来的に限へ定的であるのです。


同盟・自衛権行使の場合は、必要であると認めれば、侵略国を軍事的に壊滅することも行われるでしょう。


しかし、集団安全保障の場合は、国際社会の結束した行動を前提として秩序破壊者に対処することが予定されているわけですから、軍事的措置がとられるとしても、その内容は常に平和の維持、回復に必要な限度に留まると考えられるわけです。


集団安全保障と同盟

ワイトは、初期の集団安全保障の仕組みが有効に働かなかったと指摘しました。


それも無理はないところだったと思われます。


・・・しかし、国連の場合は、安保理が「加盟国に代って行動する」(第24条)ことになっていますから、迅速に行動する可能性が生まれているのです。


もう一つは、集団安全保障の仕組みが発動される対象は、「平和の破壊」とか「侵略行為」とかの「存在」(第39条)であり、その行動は「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な」もの(第42条)とされているということです。


これに対して例えばNATOの場合は、「一又は2以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」ことによって、「攻撃を受けた締約国を援助する」ことを約束しています(第5条)。


・・・ここに、集団安全保障と同盟・自衛権行使とのもっとも基本的な違いがあります。


あとで述べる同盟・集団的自衛権行使の場合、攻撃を受けたときの反撃については、事実上制限がありません。


農業の国際化 4

国際分業論に基づく日本の工業製品の過剰輸出が世界各国の強い拒絶反応を惹き起し、国際経済摩擦を激化させています。


「安ければ安いほどいい」という論理は、もはや世界的に通用しなくなってきているのです。


自らが国際分業至上主義を貫きえずして、農業にのみこれを押しつけるわけにはいきません。


最近の財界の農業批判がとみに迫力を失ってきているのは以上によるものです。


第二に、総合安全保障論であり、これについてはややくわしい説明を要します。


もともと総合安全保障論とは、国際的な安全保障は軍事・外交・経済・農業各政策の総合によって実現さるべきものであり、農業はそれらの一環として考えられねばならないという議論です。


その限りでは、それは正論といっていいでしょう。


こうした総合安全保障論が強く唱えられたのは第一次オイル・ショックの直後であり、当時は食料・エネルギーなどについてある程度の自給の強化が考えられていました。


しかし、80年代に入ると、国際的な石油・穀物価格の低落につれて、当初の趣旨とは逆の理念的国際協調論に転化していきました。

農業の国際化 3

日本は世界最大の農産物輸入国であり、国内食料市場が日本ほど開かれている国はないといっていいでしょう。


この点は、アメリカへの主要農産物の輸入が、ウェーバーにより国内消費の数%に抑えられているのと比べると、大きな違いです。


・・・それでは、以上についてどう考えるべきでしょうか。


食料安全保障問題に対する反論には、大きくいって次の三つのタイプがあります。


第一は、国際分業至上主義ないし効率万能論です。


食料は安ければ安いほどいいし、そのためには効率の悪い国内農業はなくても構わないという、きわめてドライな国際主義です。


こうした議論は、日本では一時、財界などで強く唱えられたことがありましたが、最近ではやや下火になったようです。


その理由は単純です。


肝心の工業部門でこうした素朴な国際分業論が完全に行詰ってしまったからです。

農業の国際化 2

これについてみると、日本の穀物自給率は60年の82%から86年の31%へと、さらにはげしく低下しています。


これは国際的にみても、ほとんど最低の水準です。


念のため各国の数字をあげると、アメリカ185%、イギリス111%、西ドイツ95%、イタリア121%などとなっており、ほとんどの先進国が100%を上回っています。


・・・以上のいずれの指標でみても、日本の農産物自給率は異常に低いのです。


他の先進国はいずれも食料農産物とくに穀物は基本的には国内生産でまかなうという体制をとっているのに対して、ひとり日本だけは例外的に食料供給の過半を輸入に依存しているのです。


こうして、ここから食料自給率の一定水準の維持、基礎的食料の最低限の自給という問題が、日本特有の問題として出てこざるをえないのです。


ついでにつけ加えておけば、以上からも明らかなように、日本の農産物市場は閉鎖的であるという、一般に漠然と抱かれているイメージあるいはアメリカがことさらに強調しているイメージはまったくの誤りです。

農業の国際化

養豚・養鶏のように、もっぱら輸入飼料に依存して生産を行なっていても、それらはすべて国内生産にカウントされるため、実態以上に自給率が高くあらわれてきます。


第二に、カロリー自給率の数字があります。


これは畜産物についても飼料段階にさかのぼってカロリー・ベースでの自給率を算出したものであり、実質的にどれだけの熱量が国内で自給されているかを示します。


これによると、日本のカロリー自給率は70年の60%から87年の49%へと低下しています。


・・・つまり、日本農業はいまや国民の必要カロリーの半分以下しか供給していないのです。


ちなみに、欧米各国についてこれをみると、85年にはアメリカ127%、イギリス77%、フランス128%、西ドイツ93%等となっており、日本の49%という水準がいかに異常であるかがはっきりします。


第三に、穀物自給率の数字があります。


・・・いうまでもなく、穀物は食料のなかではもっとも基礎的で、人間の生存に不可欠な農産物ですから、これも自給度を測る重要な指標となります。

都市づくりとイメージ 10

港区や品川区の、東海道線から東側の埋立地の将来を考えるとき、中小規模で元気の良い情報系の企業がモノレール沿いに展開していくのが理想でしょう。


現実もそういう動きをみせています。


この埋立地は、中小の情報系企業が切磋琢磨しあう、新しい意味での先端型情報産業の発信基地になるでしょう。


もちろん、その情報産業のなかにはいろいろのコンピューター関連業種が含まれます。


ファッションにかかわる企業もその地域に増えてくるでしょう。


デザイン関係企業も立地するでしょう。


そういう意味では、現代型の都市産業がオフィスを構える場所になります。


都市産業には2つのグループがあります。


一つは情報産業志向の都市産業、つまりファッション、デザイン、コンピューター・ソフトなど。


これらの企業が多いために、東京は単なるオフィスだけの都市ではなくて、産業都市だと言われることになります。


その中小企業集団が羽田空港から新橋あたりまでの埋立地に展開してゆくでしょう。

都市づくりとイメージ 9

羽田空港が沖合に移り、余った土地が企業に提供されれば、大変魅力のあるオフィス街になるでしょう。


港、品川、大田区の臨海埋立地にはモノレールが走っています。


この東京モノレールは次第に、羽田空港と東京都心部を結びつける航空旅客のための電車というよりも、沿線の住宅地やオフィス街にサービスする電車に変わりつつあります。


もうすでに八潮に住宅団地ができていますし、東京流通センターもオフィス的機能や展示場機能を強めています。


近い将来、天王洲に新しくオフィス街ができて、ここにも駅ができます。


そうなるとモノレールは完全にオフィス街をつなぐ通勤電車になります。


したがって、羽田に行く旅客を運ぶモノレールの機能は低下してしまいます。


その代替の鉄道の可能性を探してみましょう。


田町から貨物線と新幹線の引込線が大井のターミナルにまできています。


そのうち貨物線を少し延ばすと羽田に入れることができます。


つまりJR貨物線を有効に利用せよということです。


これは羽田と東京を結ぶ非常に良い鉄道になります。


昔のモノレールが果たしていたのと同じ役割をするでしょう。


このJRの貨物線を旅客化したとき、田町に旅客取り扱いのホームをつくらなければなりません。


もしそれができれば、羽田空港のターミナルから都心まで十分ちょっとくらいで行けるようになります。


そうなれば羽田のオフィスは都心に大変近くなります。


もしモノレール沿いにオフィス街が次々とできれば、このような提案もそれほど非現実的とはいえなくなってくるでしょう。