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2010年10月 アーカイブ

買収の合理性 3

明白な理由によって、この活動はメディアの暴露の対象となるよりもむしろ、大いなる科学的関心を集めました。


買収者と収賄者のカップルは、最近になって多くの光が当てられ、ついには2人の敵対者の行動の本質的な要因が実験にもとついて証明されるようになりました。


政治的・社会的環境がどうであれ、両者の契約は買収者にとっても収賄者にとっても、長所と短所をてんびんにかけるというロジックに従っています。


その価格はその他の多くの契約と同様に、買収の契約の中心にあるのです。


この価格は絶対的です。


その報酬が、提供されるサービスの本性に見合っており、それゆえこのサービスの提供を可能にする権力に見合っているかぎりにおいて、そうでしょう。


しかしこの価格は、2人の契約者にとって相対的でもあります。


収賄者は、「犯罪の金」と自分の合法的賃金額とをてんびんにかけます。


買収者は、犯罪の金を自分の原価に含めるのです。

買収の合理性 4

危険を冒すことの配慮は、すくなくとも決定的な役割を果たしています。


犯罪を犯す危険は、警察と犯罪者の数に、つまり両者の比率に依存しています。


二役を演じる者が皆無であり、両者の役割がひんぱんに変わることがないと仮定すればの話ですが・・・。


もっと厳密に言うと、この危険は犯罪者がみずからが利用する権力のヒエラルキーのどこに位置しているかに依存しています。


犯罪者を訴追すること、とりわけ犯罪者を問いつめて白状させることは、犯罪者の数が多く、しかも警察が危険な捜査に踏みこむことのできない場所にかれらがいればいるほど、あきらかにますます困難となります。


しかも、警察の最高位にいる者は、自分で動く必要はないでしょう。


かれらはみずからの保護で食っていくとができ、下っ端の者を使って買収をおこなうことができるのです。


買収が一般化すればするほど、それは封建制度に似ています。


貴族は10分の1税が徴収される土地から離れて、賦役労働を故意にかつ横柄に無視して暮らすのです。

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